千葉市の「かずinc」(名もなきライターのブログ)

かなり多忙です。2018年2月頃少し手が空く予定です。連絡先:namonakiwriter@gmail.com

実際、お金はないけど有機野菜は食べてみたいーー私の場合ーー

ベジタリアンになろうかと思った。

 

 それぐらい、衝撃だった。別世界だった。高い野菜。高い肉。服装からしてハイソな人たち。私がいつもいくスーパーのように、セルフレジでさりげなく商品をパクっている(やり方は省略)最低の客もいない。いや、こういう店こそ影でこぎれいなマダムが万引きしたりしているのさ、ギャップがあるぶん闇が深いよね、なんてゲスな考えが頭に浮かぶが、それはさておき、見るからに品のある某高級スーパーに、私はおつかいで偶然立ち寄ってしまった。

 

 

 マナーの良いレジ並びをこなした6歳ぐらいの女の子が、店員さんに「オーガニック納豆をください」と言っている。そう、オーガニック。私はここ数年、中国産しか食べていないような気がする。北海道産や群馬産だったらラッキーぐらいの考え。お肉だって、鳥の胸肉やミンチがほとんど。ミンチなんて炒めたら大量に油がしみだしてきて、炒める用の油いらなくてラッキーぐらいの勢いで、ラードが混ざってる。

 

 

 お金持ちの人は、当たり前のように子供のころから、当然のようにオーガニック製品を食べているんだな。それから、これは妄想になっちゃうけど、やっぱり中国産よりはオーガニックを食べた子供のほうが発育も良くて、頭も賢くて、体も丈夫に育って、また社会の上のほうに入っていくんだ。中国産やラードミンチを食べる私のような人間は、いつまでも下層に固定されちゃうんだ。

 

 

 偶然訪れてしまった高級スーパーで垣間見たセレブの世界。格差と再生産。私は同じことを過去に体験したことがある。それは高校時代。私はお嬢様学校に通っていた。なんのことはない、公立に受かる頭がなくて、専願なら受かりやすいって聞いて、偶然入ったところが、私立のお嬢様学校だったのだ。みんな当たり前のように大きな家に住んでいて、進学も裏口とかがあって、恵まれた人たちだった。就職は超就職難だったにも関わらず大手ばかり(Facebook調べ)で、20年たった今、みんな上流の暮らしをして幸せそうな主婦をしている(Facebook調べ)。私はお嬢様学校になじめなかったけれど、やっぱり今も、社会になじめなくてここにいる。それは別にいいか。まあまあ幸せだし。

 

 

 高校時代は、そんな上流の人たちにコンプレックスを抱いて、見たくなかった。もっと普通の学校に行けば良かったと思った。でも、上層を垣間見れたことはラッキーなんだって思うようになった。それは、正社員として働いていた会社で、「東京ー大阪間の新幹線に乗る場合、自費で4000円払ってでも、グリーン車に乗りましょう。4000円以上の価値があります」といわれたから。

 

 

 素直だった私は、帰省のときに自腹を切って新幹線のグリーン車に乗ってみた。そこは素敵な世界だった。くつろげる空間、マナーの良い乗客、アテンダントのおもてなし。私の隣に座ったのは、着物を着た品の良いマダムで、名古屋に着くまで楽しくおしゃべりした。なんだか全身に良い刺激を受けた。会社の人が言っていたのはこういうことだったんだなって、わかった。4000円なんて安い。東京ー大阪の新幹線のグリーン車に、4000円以上の価値があることは、私にもわかった。

 

 

 「セレブスーパー」と「オーガニック納豆」は、いわば「東京−大阪グリーン席」のようなもの。美味しいだけじゃなく、上流階級への自分を作る切符。試せるものなら試してみたい。でも、最初の自己紹介記事でも書いたように、私の食費は月15000円。

 

 

 そんな私に、いつものスーパーで福音が訪れた。いきつけの貧乏系スーパーでは一応、有機野菜も置いているが、いかんせん私には手が出ない。そんなある日、「有機野菜なのに安い茄子」が大量に売られていた。有機野菜なのに、たっぷり入って、超お得プライス。私は喜びいさんで茄子を買い込み、美味しくいただいた。いつもより何倍も料理が美味しく、体にエネルギーがみなぎってくるのがわかった。さすがオーガニック!ふと、生産地が気になりパッケージを見た途端、私は気がついた。

 

 

 「有機栽培の茄子・福島産」。そう、二択なのだ。体に悪いとわかっている中国産を食べて、必然として将来体を壊すか、未来に何が起こるかはわからないけれども愛情込めて育てられた、こんなに美味しい有機栽培をいただくか。私がもっと若いなら、福島産は選ばなかった。私がもっと年寄りなら、福島産を選んでた。うーん、どうしたらいいんだろ。

 

 

 悩んだ末、これからは出来る限り福島産を食べることにした。ほんとうはちょっと怖い。福島産でさえあれば、有機野菜が買える。これで私が健康になったら、それはもたざる者への天からの贈り物だと思う。風評被害がなければ、私はこの野菜たちですら手が届かなかったのだし。

 

 

(このエントリは一部フィクションです)