読みたいもの、書きたいもの

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永江一石さんが、「ブログは、人が読みたいと思うものを書く」と言っていた。
ちきりんさんも、人が読みたいと思うものをマーケティングして書いているらしい。

私も、どうせブログを書くなら、たくさんの人に読んでもらいたいと思っている。
そのためには、人が読みたいと思うものを書く必要があるらしい。
読んでくれる人が読みたいものを、書いていきたい。
いっぽうで、私はプロブロガーを目指しているわけではないから、ブログぐらい書きたいことを自由に書かせてくれとも思う。

ここは私のブログなんだから、何を書こうと勝手だ。

一方で、仕事では、求められるものを書いている。
書きたいことを書ける日もある。でもほとんどが、誰かが読みたいと思うものを発信している。それはそれで、プロフェッショナルの仕事で、しんどいものだ。

多くの人がライターになりたいという。でも、人が読みたいものを書き続けるのは至難の業だ。そんなに楽しいものでもない。書くことが好きという人は、ブログを書くことが好きなわけであって、商業文筆が本当に好きなのだろうか?と思う。

書くことが好きで、ライターの仕事に命かけてますという男性ライターさんは多い。
でもその多くが、私の半分も収入がないのだ。命をかけてもその程度。プロフェッショナルの道は険しく、ライターというのはほんとうに競争が激しく格差がはっきりと現れる。
仕事がしんどいからこそ、ブログぐらい自由に書きたい。
そして自由に書いているからこそ、読んでくれる人を大切にしたい。
そうなると、読んでくれる人が読みたいものを、書きたい。あれれ?

貧困状態から抜けだそうともがいている人も読んでくれているので、そんな人から集金しようとはとても思えない。例えば、ネットカフェで暮らしてる派遣の人がいるとして、普通の人は可哀想と思うよね。そんな人から金を巻き上げようと思うのは貧困ビジネスだよね。リアルならやらないことは、ネットでもやらない。だから私はnoteバブルは、ほんとうにバブルで、みんな浮かれてると思う。文章の本質を見失っていると思う。

私は、私を応援してくれるような心の優しい人に読んでもらいたいと思ってブログを書いている。文章を書くときは、誰に読んでもらいたいかを考えることが一番重要だ。これは仕事でもブログでも同じ、文章を書くときの大切な原則。
noteに浮かれてる人たちを見て、文章の本質に立ち返ることができた。

 

 

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