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千葉市の編集プロダクション「かずinc」 (名もなきライターのブログ)

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イケダハヤトは現代のソクラテス

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私はイケハヤちゃんを見るたびに、彼はまるで現代のソクラテスだと思う。
皆の知っているソクラテスは、麗しき南国の神々のように軽やかに生きつつも深く謎めいた哲学者だ。
だが、大学院で古代ギリシアを研究した私の見方では違う。
ちょっと長くなるし、プチ教養が必要だけれど、ぜひ読んで欲しい。

では、古代ギリシアがどんな社会で、ソクラテスがどんな人で、どのようにして彼が死刑になり、イケハヤちゃんが同じ運命をたどっているのか、見ていこうと思う。

 

古代ギリシアの社会

若きニーチェ以来、ギリシアの競技の文化について語らない人はいない。

アテナイは当時、世界で最も成熟した先進国であった。それは外国人であるアリストテレスが留学してきていたことでも明らかだ。ギリシアは貴族社会であったが同時に職業人の社会でもあった。人々は皆が高度なプロフェッショナルで、同時に政治的に自由な人間であった。収入の過多によらず、ロゴス(論理)と徳で相互に正義を主張しあう高度に民主的な社会であった。西洋社会の原点・古代ギリシアアテナイの中心は、働く人々だったのである。
これは今の日本のインターネットと似ている。多くの人が職業を持ち、ブログで自由に語り合うインターネットは民主社会だ。

 

ソクラテスのやったこと

ソクラテスは異様な人間だった。プラトンアリストテレスですら、同時代の人間による伝記は残されていないのに、プラトンアリストパネス、クセノポンなどがソクラテスについて記述している。それだけアテナイにとって異質な人間だったからだ。多くのブロガーがイケダハヤトに言及するのとそっくりだ。彼ほど、ブログで語られる人物はいない。

端的に言うと、ソクラテスはアゴラ(広場)で道行く人に弁証法で絡み、相手を怒らせて長文のマジレスを引き出した。イケハヤちゃんのやってることもそっくりである。彼は絡むを怒らせ相手から長文のマジレスを引き出す。弁証法とは、簡単にいうと相手がいなければ成立しない話術のことである。イケダハヤトは東京がなければ成立しない。そこも非常に似ている。

 

ソクラテス裁判

ソクラテスは紀元前399年、皮革商人アニュトス、弁論家リュコン、詩人メレトスによって告発された。罪状は「青年たちを腐敗せしめ、アテナイを混乱に陥れた」罪である。
イケハヤちゃんも、青年たちを煽り会社を辞めさせ、ニートへと追いやり、ネット社会を混乱に陥れている。そして多くのプロフェッショナルから激しく批判されているだろう?

 

ソクラテスの収入源

アリストパネスは「雲」の中で、ソクラテスは私塾を開いて若者を集めていたと記述している。私塾に集まった若者たちは、労働を忌避し、哲学という名のとめどないおしゃべりを続けながらニートとなった。アテナイ市民にとって、これは重大な問題だった。なぜなら労働はゼウスが課した人間への苦難で、それによってのみ徳と知に達するとヘシオドスが歌っていたからである。イケハヤちゃんがサロンを開き、プロブロガー志望が次々と集まった時、私は驚嘆してしまった。ソクラテスとそっくりだからである。労働をしないものに徳と知はない、これはアテナイの社会もブログの社会も、同じなのに、である。プロブロガー志望者たちはいくつもいくつも記事を量産し、とめどない無益なおしゃべりを続けている。ホメロスと並んで重要な詩人ヘシオドスは言う、「はたらけ」と。働けよペルセス!

 

ソクラテスパトロン

働かずに広場で人に絡むソクラテスを、妻クサンチッペはヒステリーを起こして嘆いていた。ソクラテスが出入りしていたのが、貴族が集うサロンである。だが労働をせず、主張すべきことを持たないソクラテスは、「みずからの生き方」を売り物に、サロンからの支援を受けていた。イケハヤちゃんが高知に移住し、主張すべきことがなにもないのに生き方を売りにして支持者たちから支援を受けているのと同じである。

 

ソクラテスはなぜ働けなかったのか

ソクラテスはテクネー(技術)を持たなかった。それはなぜか、父親の石工の元で修行したものの1年で挫折したからである。これによって、アテナイで名士になるという彼の野望は閉ざされた。イケハヤちゃんも1年か2年でサラリーマンを挫折し、社会的成功は遠いものとなった。

 

■なぜ哲学で成り上がろうとしたのか

働かず、広場で人に絡み、若者を堕落させ、けして美男ではなかったソクラテスがなぜ哲学でなりあがったのか、それは彼の生まれに関係がある。アテナイは民主社会でありつつも貴族社会であり、石工と産婆の息子であるソクラテスは下層階級の底辺とみなされていたのである。それがゆえの野心。だが私はイケハヤちゃんの育ちを知らないので、ここでは触れないことにする。

 

■民主的な手続きによる死刑

ソクラテスが死刑になったのは、働かず広場で人に絡んで激怒させ、若者を哲学という屁理屈に熱中させてニートへと追いやり、ポリスの場であったアテナイの民主社会を混乱に陥れたからである。高度に民主的で公正な制度を持って、職業人の投票によって死刑になった。イケハヤちゃんも同じ道を歩んでいる。いま、インターネットという民主社会が、イケダハヤトに激怒している。たとえニートたちが彼を支持していたとしてもである。このままでは彼は毒人参の杯を飲むことになる。

 

■悪妻と呼ばれた妻について

ソクラテスが死刑になった時、彼には妻と赤子がいた。後世まで悪妻と呼ばれたクサンチッペである。だが、働かないソクラテスを支え、醜男でおじいちゃんであるソクラテスとの間に赤子をもうけ育てていたのは誰だったのか?徳と知は、虚構の知者ソクラテスにではなく、悪妻と呼ばれた彼女の方にあったのである。

 

プラトンについて

プラトンソクラテスの弟子であると言われているが正確にはあまり面識がない。
年齢も離れている。ソクラテス裁判を驚嘆を持って眺めていたのが若き日のプラトンである。ソクラテスの異常な死にインスピレーションを受けたプラトンの主張はご存知、「知への愛」、すなわち「知のための知」、ポエムである。失脚しローマへと追いやられたプラトンの主張はのちに西洋社会の礎となり、「銭のための銭」、つまり資本主義を生み出した。イケハヤちゃんが現在、「稼ぐ方法で稼ぐ」ということをやっているのと相似形である。稼ぐ方法で稼ぐのは、知のための知のメタファーとなっている。

 

■私の主張

イケハヤちゃんは毒人参を飲むはめになるかもしれない。ソクラテスもノリノリで死刑になった。だが、君のクサンチッペを泣かすなよ。私が言いたいことはそれだけである。

 

追記:ツイートが過激なので削除しました。

■投票について

ソクラテスの死刑に対して投票が行われた時、投票はほぼ過半数に分かれていた。
これはアテナイ市民が最後までソクラテスの死刑に悩み、動揺していたことを意味している。一部では追放の案も出ていたが、結局彼はアテナイを去ることを選ばず、喜んで死に臨んだ。なぜならソクラテスは、アテナイを愛し、アテナイの中でしか生きられなかったから。イケハヤちゃんも、インターネットを愛し、そこでしか生きることができないのではないだろうか?我々は、彼を裁くべきであろうか?今一度、考える必要があるだろう。

 追記2

■思想について

もちろん違いはある。ソクラテスは一冊も本を残していないので、彼が本当に何を言ったかは同時代人の記述から推測するしかないのである。通常、ソクラテスを理解するときはプラトンの著作が使われる。だが前述のとおり、ソクラテスプラトンは師弟関係ではなく、プラトンの美文めいた理想化によるところが多い。なので、真にソクラテスを理解するときは、アリストパネス>クセノポン>プラトンの順に信憑性があるのだと考える。こういったことは、wikipediaなどには書いていない。

追記3

■この記事について

ソクラテスの死は古代ギリシア最大のスキャンダルだった。つまりゴシップ注意。

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